劇画ヒットラー/水木しげる

劇画ヒットラー (ちくま文庫)

劇画ヒットラー (ちくま文庫)

 ディズニーが行っていた「20世紀を代表する人物」というアンケートが結果を公表することなくうやむやにされたのは、そのアンケートで一位をとったのがアドルフ・ヒトラーだったからだ、という噂がある。
 アドルフ・ヒトラーという人物に対する解釈は人によって大きく分かれるし、考え方もさまざまであるけど、わしは現代では誰もが「悪」としてのイメージを持つであろう人物の代表格である彼を作り上げた土壌というものにとても興味を抱いているわけである。そんなに憎むなら首相にしなけりゃいいじゃない、という幼稚な疑問が初めであるわけだが。
 水木しげるといえば、ご存知「鬼太郎」で知られる妖怪研究の権威ともいえる漫画家。
 あとで写真を見ると水木しげるの絵はヒトラーやその周囲の人物の顔の特徴を捉え、そっくりであることが伺える。特に、ルドルフ・ヘス*1やエルンスト・レーム*2などは写真を見て「あーっ!!」と叫ぶほどである。
 しかし、常々思うのは水木しげるのマンガは妖怪ではない人間も妖怪じみているように感じられる。この劇画ヒットラーの登場人物もところどころで顔をくしゃくしゃにしたり、口を木の洞のように大きく開けたしする。やはり、そこに人間という生き物が持つ妖怪じみた得体の知れない何かを垣間見るのである。
 また、それに対して、ところどころで背景として無機質な写実的な人間が描かれている。妖怪じみた人間性あふれる主要人物と背景として描かれる物体的な像の対比が、このアドルフ・ヒトラーの居た時代の重々しさや緊張感、そして主要人物の妖怪性を強調するのだろうか。
 アドルフ・ヒトラーに対する考え方は人それぞれだし、自分はどうもいえない。だけど、彼だけでなく誰しもが内面に妖怪じみたものを抱えているということを水木しげるはこのヒトラーの人生からわれわれに投げかけているように思われるのだ。

*1:わが闘争の口述筆記をしたほう

*2:ナチス党初期からのヒトラーの仲間で軍人、後にヒトラーと意見が合わなくなり粛清される