黒後家蜘蛛の会/アイザック・アシモフ

ミステリとSFに造詣が深い方々にとっては基本書のようなものなのかもしれない

黒後家蜘蛛の会 1 (創元推理文庫 167-1)

黒後家蜘蛛の会 1 (創元推理文庫 167-1)

 ブラック・ウィドワーズ…ようするに黒後家蜘蛛の会という女人禁制・会員制のクラブは弁護士、作家、化学者、画家、数学者、暗号の専門家の6人から成っており、毎月一度、ニューヨークのレストラン《ミラノ》でゲストを一人招いての夕食会を開いていた。
 本来はただの雑談に花を咲かせるだけの会だったのだが、ゲストが謎じみた話を話を始めると、それぞれがそれぞれの専門分野の知識を生かし素人探偵ぶりを発揮し始める。
 そして、今まで給仕として陰に隠れていたヘンリーが最後に名推理を見せて、事件は一件落着というのがお定まりの話の流れ。しかし、様々なゲストたちが持ってくる奇想天外な事件たちはそんなお定まりのパターンを飽きさせない。SFの巨匠が描く安楽椅子探偵とは。

というような、広告じみたあらすじは置いといて…以下、ネタバレ(、をつけないとシモネタのワードから飛んでくるのでストッパーさ)
これを見て思ったのはアシモフがいかにテンプレート好きか、ということ。短編で安楽椅子探偵ということで読み始めたが、黒後家蜘蛛会の定例会の流れはいつも同じような流れである。作品によってイレギュラーが発生することは少なからずだが、そのたびにあとがきでアシモフの弁明が入るわけで、物語にリアリティよりも科学的なフィクションという側面が感じられてしまう。
 たとえば、1巻目の3話。"実を言えば(Truth to tell)"の中より、嘘を言わない正直な男サンドにかけられた疑いに関して、

「お答えにならなくても結構です」ヘンリーは言った。わたくしが言いたいのは、盗みを犯したことを否定なさるたびに、あなたは必ず同じ言葉をお使いになるということです。(中略)あなたはいつも『ぼくは現金もしくは証券を盗っていない』とおっしゃいましたね」
「だって、それは本当なんだ」サンドは大声を上げた。
(中略)
「そこでお尋ねしたいのです。あなたは、ひょっとして、現金および証券を盗んだのではありませんか?」

というやり取りが出てくる。
 そもそも、この嘘を言わない正直な男というサンドの人格が定義として成立していることにリアリティが欠けている。そして、A∨BとA∧Bという数学的な事象を小説のトリックとして成立させるということはかなり強引である。原書が無いので、もしかしたら、ここでサンドがかなり∨と∧の違いを悟らせないような言い回しをしているのなら納得かもしれないが…といってもそれはアンフェアだが…邦訳ではそのようなそぶりは無い。
 それらからもアシモフの形式を尊重する姿勢、机上の空論を強引に物語とする力を垣間見ることができるシリーズである。

 でも、なかなかそれぞれのキャラクターが立ってたりと面白い話も多いですよ。とあえて釈明。
最後に、ついでとばかりに海外モノの登場人物を覚えられないわしみたいな人に簡単な糞の役にも立たない紹介

  1. ジェフリー・アヴァロン…特許関係の仕事を専門とする弁護士(弁理士みたいなものか?)
  2. イマニュエル・ルービン…作家、だが妙な過去の職歴がある。薀蓄屋
  3. マリオ・ゴンザロ…画家。インテリが多い会の中で数少ない肉体派?結構不憫
  4. ジェイムズ・ドレイク…有機化学者。黒後家蜘蛛会の会員はドクターの称号を持つので、彼はドクター・ドクター・ドレイクだ。という会話以外に存在感がいまいち薄い気がする。
  5. ロジャー・ホルステッド…数学者。だけど数学より、話の冒頭で彼が披露するイリアスのリメリックのほうが印象が深く、作者も毎回これを気に入って引っ張る。
  6. トーマス・トランブル…会員の中で一番謎の職業、暗号の専門家。CIAか何かに勤めているっぽい。いつも不機嫌な人。ルービンと彼がおそらくストーリーの中で一番台詞が多い。
  7. ヘンリー・ジャクスン…レストラン《ミラノ》給仕にして名探偵。そして、黒後家蜘蛛会のマスコット。60過ぎの爺さんではあるが妙に可愛い。萌えキャラ。