歯と爪/ビル・S・バリンジャー

歯と爪 (創元推理文庫 163-2)

歯と爪 (創元推理文庫 163-2)

 この上なく魅力的なあらすじの文句が踊っていたので購入。

彼の名はリュウ。生前、彼は奇術師だった。フーディニやサーストンすら試みなかったような一大奇術をやってのけた。まず第一に、ある殺人犯人に対して復讐をなしとげた。第二に自分も殺人を犯した。そして第三に彼は、その謀略工作のなかで自分も殺されたのである――奇才バリンジャーが仕掛ける驚くべき前代未聞の大トリック。

今回は出版社のほうで書かれているあらすじ紹介をそのまま持ってきた。この文章を見て購入しないではいられまい。
 元はテレビドラマの脚本などを手がけてきたバリンジャー*1らしく、カットバック…現代と過去、二つの別の事件などを断片的に交互に映しながら、物語全体を次第に明らかにするという元はテレビや映画で用いられていた手法が利いており、あらすじにある奇術師リュウの物語と同時に、とある裁判の様子が描かれるという話の流れでありながら、最後のぎりぎりまで読者に物語の先を予想させない。
 結末は袋とじとなっており、続きが気にならない、魅力を感じない読者は袋とじが開いていない限り出版者のほうで本を買い取ってくれるという形になっており、挑戦的な本となっている。
以下、感想。
 不満はないっちゃない。面白かったが、いささか綺麗にまとまりすぎたんじゃないかと思う。
 しかし、作者の技術の高さは存分に感じるというか、この話は真似しようとしても真似できないところにあるんじゃないかと思う。どんなにがんばっても読者には先を予想できるような稚拙なものになってしまうだろう。そこでも、こうやって結末が分からないという形を取れるのはバリンジャーならではだろう。
 というようなことしか、今のわしの表現力じゃ説明できないのが残念。
 すこしうがってみれば、この話はサスペンスと見られることが多いが、わしの中では本格ではないかと思う。
 リュウという人物の視点で物語を見れば、この物語はサスペンスとして一級のものとなると思う。一方で、読者にリュウという人物は第一に、"ある殺人犯人に対して復讐をなしとげた。第二に自分も殺人を犯した。そして第三に彼は、その謀略工作のなかで自分も殺されたのである"という情報を与えておき、とある殺人事件の裁判、そしてリュウという人物の物語を進めることによって、物語の中の事象として出なく、物語そのものをミステリとして成立させるわけで、名探偵無き、いわば読者が探偵役となって物語を読む本格となり得る。
 なにはともあれ、作者の仕掛けたギミックだらけの本なので読んでて気持ちが良かった。気持ちが悪いはずなのに気持ちが良かった本だった。言い換えれば、気持ち悪さが心地よい小説だ。

*1:鬼警部アイアンサイドの脚本家陣にも彼が参加しているのだ