ここのスタンス

 鈴子は急いでいた。部活の練習が終わってからの帰り道、夜の住宅街は静かで、外を行く人は見当たらない。
 肩にかけた、汗で汚れた体操着の入ったかばんをぎゅっと握り、軽く駆け足で自宅へ向かう。そういえば、最近痴漢が出没しているのってこの辺りだっけ。と鈴子は今朝、学校のホームルームで担任が行っていたことを思い出した。
「その男は電柱の脇に隠れて、夜道を女性が一人で歩いてくるのを待っている」
 そんな、こそこそとした痴漢なんて怖くはない。あたしの陸上短距離で鍛えた脚ならば平気で逃げられる。と高をくくっていたのは否めない。電柱の影から目の前に突然男が現れるまでは。
「お・・・お・・・おねえちゃん・・・ちちちょっと待ってよ」
 男はコートを着込んでいた。どもりのある声とは裏腹に目はギラギラと輝いていた。鈴子は脚がすくんで動けなかった。
 そして、男はコートの中からおもむろに何かを取り出した。
「こ・・・これ・・・おおれのブログなんだけど・・・ど・・・どう思う?」
 男はノートパソコンを広げて、鈴子の顔に押し付けるように見せた。その恐怖で鈴子が悲鳴を上げる直前に目に入ってきた、パソコンの画面にはこう書かれていた。
 おお さかもとよ しんでしまうとは なさけない