火蛾/古泉迦十

火蛾 (講談社ノベルス)

火蛾 (講談社ノベルス)

 十二世紀のイスラム世界。歴史家ファリードは取材のために、アリーと名乗る人物を訪ねる。男はファリードに対し、おもむろにある物語を語り始める。
 その物語はアリーという青年がムスリムとしての修行中に出会った謎の導師と4人の弟子たちにおきた殺人事件の出来事であった。

 生前のChloe先輩と宗教について論じ合っていた際に「イスラームを勉強したならこれを読むといいよ」と貸して貰った本である。
 とにかくミステリとしては珍しいイスラーム世界が舞台になっており、その中東独特のぼんやりとした雰囲気がえもいえぬ陶酔感をかもし出す作品であった。
 イスラームについてある程度、授業で学んだということもあり異様なほどの説明を必要とする世界観もすんなりと入っていくことができた。イスラームといってもスンニー、シーイーから、スーフィズムまでそして異教としてのゾロアスタ教まで中東の宗教観の細かい違いや、事件のトリックと密接に関係してくるそれぞれの信徒の信念・教義っていうのをいちいち考えていたらきりがない話である。つまり、イスラームに興味がない人間が読んだら「フーン」としか言いようがない物語だと思う。

 殺人事件そのものよりも、ウワイスィーの存在についてのほうがミステリの主眼であるというのは斬新である。というか、そのミステリの前にしてしまえば殺人事件なんてどうでもいいことなのかもしれない。という思い切りが、中東世界の雰囲気とあいまってぐんにゃりとした、劇中の麻薬の煙が渦巻くテントの中のような高揚感を与えてくれる作品だと思った。