金曜日、ラビは寝坊した/ハリイ・ケメルマン

金曜日ラビは寝坊した (ハヤカワ・ミステリ文庫 19-1)

金曜日ラビは寝坊した (ハヤカワ・ミステリ文庫 19-1)

 ユダヤ教教会の信徒のまとめ役ジェイコブ・ワッサーマンは頭を抱えるような難題につきあたっていた。
 その悩みとは彼の通っている教会のラビ(ハンムラビ法典の専門家でユダヤ教の聖職者)のことであった。
 デイビット・スモールは知的で穏やかな学者肌の人間で、頭の回転は速いのだがどこかしらだらしがなく、信徒たちの活動にもあまり積極的に参加はしなかった。
 ユダヤ人のコミュニティの先導者として立場をラビに求めるアル・ベッカーら一部の信徒はそんな彼に対して良い印象は持っておらず、ラビ・スモールの人気の延長に反対をしようというのだ。
 そんな騒動の最中に、教会の駐車場で女性の遺体が発見される。そして、その女性のハンドバッグがラビの車の中から見つかったのだ。
 自らにかかった疑惑を払うため、自分の教会の信徒を守るため、ラビ・スモールの推理が冴え渡る。
 9マイルの内容をちょっと忘れかけているというのに、ケメルマン長編。
 短編が名作だっただけに長編にも期待をしていたが、みごと期待にこたえる内容であった。

 ユダヤ教の教会を中心に物語が進むので、先日書いた火蛾と似たような印象を最初に抱くかもしれないが、まったく関係はない。
 現代アメリカで生活する一般的なユダヤ人たちの近所付き合いやコミュニティを描くため、ごてごてとした宗教的な要素も無駄に仰々しい雰囲気も無く読者に無駄な負担をかけずに読みやすい。
 そして、現代におけるユダヤ人社会・文化をところどころで話題に出すことですんなりとユダヤ文化を学べるのも嬉しい。
 なにより、物語としての形も綺麗に完成しているため本当に読んでて楽しい本であった。
 最近、奇を衒った本を読んでは「この構造が…」とか言っていたが、王道のミステリ、王道の読書とも言えるような本を読んで、すこし自分の小説読みの沸点を正常に戻した気がする。