大鴉の啼く冬/アン・クリーヴス

大鴉の啼く冬 (創元推理文庫)

大鴉の啼く冬 (創元推理文庫)

あらすじ(東京創元社ホームページより)新年を迎えたシェトランド島。孤独な老人マグナスを深夜に訪れた黒髪の少女キャサリンは、4日後の朝、大鴉の舞い飛ぶ雪原で死んでいた。真っ赤なマフラーで首を絞められて。住人の誰もが顔見知りの小さな町で、誰が、なぜ彼女を殺したのか? 8年前の少女失踪事件との奇妙な共通項とは? ペレス警部の前に浮かびあがる、悲しき真実。現代英国本格派の旗手が、緻密な伏線と大胆なトリックで読者に挑戦する!

 シェトランドシープドックが日本ではちょっと知られる程度で、イギリスの中でも最も辺鄙な場所のひとつであるシェトランド諸島を舞台に、閉鎖された環境のなかで起こる事件とその事件を通して浮き彫りにされる村の実像を描く。
 前提知識として言えば、イギリスことブリタニアはすこし特殊な地域であり、歴史のなかでケルト、アングロ=サクソン、ノルマンという数種類の民族の流入侵略があり、地域ごとに主張するルーツがことなる。ヨーロッパという地続きの地域において、こういったちょっとしたルーツの違いが大きな地域性を呼ぶわけで、日本じゃ地域性の違いなんていったら、関西人と関東人とかそういうくらい。県民性って面白い。とかそんな話になってしまうが、ヨーロッパじゃこの地域性が宗教や政治にも絡む。北部アイルランド問題とかそういうことになる。とつぜん、沖縄で琉球共和軍なんていうテロリストが現れて、ヤマトンチュとアメリカ軍を沖縄から追い出すべく爆弾闘争とか始めちゃう、そんなくらいだ。
 話はずれたが、そんな数種類の民族が流入したブリテンの中でも、シェトランドヴァイキングをルーツとする(と主張している)地域。物語の中でもヴァイキングの祖先を讃えるお祭りアップヘリーアーが登場する。ペレス刑事のくだりにおいて、彼が一人だけスペイン系の名前である説明にエリザベス1世の時代に無敵艦隊の生き残りがシェトランドに漂着し、その船の乗組員の子孫である。という設定があるが、これはこのヴァイキングルーツのなかで一人だけスペイン系であるというペレスのアウトサイドさを際立たせるためであろう。
 また、僻地であるシェトランドにおいて、司法などの機能は本土であるインヴァネスの下にあるがインヴァネススコットランドの中でもケルト色が猛烈に強いハイランド地方の首都と呼ばれる場所であり、シェトランド人とインヴァネスから派遣されてくる警察は問題なく付き合っているが、ここにもちょっとした温度差が存在するということにも注目をしておきたい。
 この小説のキモは三人称多視点によって描かれる四人の主人公であろう。この作品はシェトランド四重奏シリーズの第一作というくらい、この4人の主人公というスタイルは物語の根幹である。
 キャサリンの親友で教師の娘ということから学校ではいじめにあっている女子高生サリー。
 8年前の事件で容疑者となり、知的障害をもっていることもあって誰も近寄らない丘の上にすむ老人マグナス。
 シェトランド諸島の中でも飛び切り外れた場所であるフェア島の出身でスペイン人の血を引く刑事ペレス。
 娘を父親の近くで育てるため、ロンドンからシェトランドへ来たイングランド人のフラン。
 この田舎の中で4人のアウトサイダーが主人公となる、しかも、シェトランド出身者だがつまはじきにされている内的なアウトサイダー、と完全にイングランドからやってきた外部の人間である外的なアウトサイダーの視点が交差するということ。英国ミステリのなかにおいて、村を舞台にしたものは多い。閉鎖的な環境、奇異な住民たち。こういった舞台背景は黄金期から60年代くらいまでの女流作家が好んで書いてきたものであるように思う。
 しかし、昨今において人々の移動は普遍的なものとなり、どんな田舎町にも観光客が訪れる。それにコンピューターの普及などもあり、ヴィレッジにおける閉鎖感は失われていく一方だ。
 そういう現代において、ヴィレッジミステリを描く意図とは何だろうか。以前のレオニー・スヴァンのひつじ探偵団も同じような村という小さなコミュニティでの事件を描いていたが、このふたつの作品に共通するのは人間の集団性に対する問題意識であろう。
 スヴァンは羊の群れというレンズを通して、アイルランドの村を見つめた。クリーヴスはこの外部4人の交差によってシェトランドという島のアイデンティティと倦んだ社会を描ききった。
 かつてはヴィレッジといえば本格ミステリのための格好の舞台であった。しかし、現在においてヴィレッジというのは社会派ミステリや一部の哲学によって解体されるためのものになったのだろうかと考えさせられた。