ピエタ

 今まで好きな子ができるとその子にどう声をかけようか、何を話そうか、どのタイミングでデートに誘おうかなどと考えてしまい、結局その悩みを自分の中でうまく処理出来なくて、結局、グダグダになって、でも挙動だけはばっちり不審になって、相手に気持ち悪い男だと思われて終わってしまう。
 だから本当に好きな相手は僕の元を去っていくばかりで、これまで苦しい思いをしてきた。
 この極度のアガリ症は恋愛に始まったことではなくて、高校でサッカーをやっていたときも同じで、練習ではどんなことでも自分のイメージ通りにプレイできたし、やろうと思ってやれないことは無かったのだが、いざ試合となるとパニックを起こして自分のやるべき事が分からなくなってしまったりしてピッチの上で棒立ちになってしまう。この欠点をデビュー戦で露呈してしまった俺は結局、それ以降はずっとベンチで過ごすことになり(弱小校だったので先輩の威厳かベンチから外れることは無かった)ピッチに立つことは引退まで無かった。
 友達の彼女みたいな別に恋愛対象として見ない相手ならば素の自分で接することもできるんだから、恋愛をしなければ日常生活において困ることは無かったし、僕自身もそれを心得て、できる限り孤独をやり通してきた。
 だが、人間ってのはどこかで弱り目がくるもんで大学のサークルの飲み会の帰り道。最終電車を降りた瞬間、人気のないホームをさっと眺めた瞬間、孤独感が俺を襲ってきた。普段は耐えることのできる孤独感だったのだが、就職活動がうまく行ってないことなんかが重なって不覚にも夜道ですんすんと泣いてしまった。
 恋人が欲しいというわけでは無く、ただ誰かの膝元にうずくまって泣きたかった。その相手は別に女の子である必要もないのだけど、男友達に頼むのは相手が気持ち悪く思うだろうし、二十歳すぎて親の膝元で泣くというのも情けない。そして、結果として僕は便宜的に恋人が必要になった。
 先のサッカーの話もそうで本番だと思わなければ僕は自分を自分でコントロールできる自信はあった。なので、大学の授業で知り合った女友達を何となくデートに誘った。
 退屈な授業で、たまたま隣の席だった彼女がカバンに僕の好きなロックバンドの缶バッヂをつけていたことから「僕もそのバンド好きなんですよ」なんて話になったのが知り合うきっかけだった。
 僕は背が高くて、笑顔が可愛い女の子がタイプなんだけど、その女友達は背はあまり高くないし、ずっとムスッとした表情でいるから、全く好みとは正反対で僕自身が「この子と付き合おうとしている」という暗示から緊張に陥ることも起こりにくく、話しやすかった。
 なのでデートも男友達と遊ぶような感覚で映画を見に行った。意外にも相手も乗り気になってて向こうから次のデートを切り出したのでラッキーというところだった。
 付き合ってみて分かったことだが、彼女はムスッとしているわりに意外と饒舌でふたりでいるときは話題に困らず、僕は聞き役に徹すれば良いので楽だった。
 ベルトコンベアーに乗るように過ごしてきて、これが世に言う恋人という奴なんだろうというところまでやってきた。ここまで付き合って自分の悪癖が頭をもたげてくるのは、いつ肉体関係になるかということくらいだった。(勘違いしてほしくないのでいうが、この問題を友達感覚で済ませられるほど僕は成熟していない)
 そんな頃になってようやくテンションの周期が憂鬱な方向に沈んだのか孤独感が僕を蝕んでくるようになった。彼女に電話をかけるときになって手が震えた。ここまで自分の孤独感を紛らわすための存在として恋人を求め、その前準備だと思うことで僕はアガリ症をごまかしてきた。しかし、いざ目的を目の前にするともはやそんなごまかしは通用しないことを悟った。本番で上手くやるために練習というものが存在するのだと今更、気付いた。それなら、本番というものそのものが失敗の原因であるならどうすればいいのだろうか?
 電話をかけると彼女はバイト先の飲み会があるのだが来ないか、と誘ってきた。バイト先とは無関係な自分が参加するのはいかがなものか、という僕の意見も、みんなが自分の恋人を見たいと言っているという言葉に押し切られ、結局気がつけば居酒屋の隅っこの席に座っていた。
 ご存知の通り、僕は表面的な友達関係については慣れたもので、こういった初めての席でも上手くやりぬけることができた。終始、僕の知らないバイト先での出来事で盛り上がる彼女たちに話をあわせるのは少しつらかったけれど。
 飲み会の帰り道で彼女から「今のバイト先を辞めたい」という愚痴を聞かされたとき。これまでふたりきりのときに彼女が言う愚痴に全面的に「大変だね」とか「君は頑張ってるよ」とか返していた僕だったが、バイト先の仲間たちに囲まれている彼女を見た直後だったせいか、その時はなんとなく「もうちょっと頑張ろうよ」と言ってしまった。
 それを聞いて彼女は泣き出し、僕を「あなたは何も分かってない」と怒り、なじった。
 彼女が泣きながら去っていった後で、僕が膝元で泣かせてくれる母性を恋人に求めているように彼女は自分を全肯定してくれる存在を恋人に求めていたと気づき、自分の迂闊さを知った。
 僕は恋愛というものをわざと勘違いしようと徹してきたが、彼女には彼女の恋愛論はあるのだった。
 僕はここまで自分がカッコ悪くならないようにと振る舞ってきた結果、よりカッコ悪い姿を晒してきた。
 思えば僕は幼い頃、恋愛関係を成立させるのに絶対にいると思ってきた愛の告白というものを彼女に対してして来なかった。だから、こうやってすべてをこの手紙に書くことにした。
 君が泣きつかれて、このメールを読んだなら、それでもし僕という人間を君が許してくれるなら連絡がほしい。