ダライラマの魂

 なんとなく、伊坂幸太郎の死神の精度を読んでて、ふとくだらない話が浮かんだ。
「音楽は死なない」を完全に体現するバンドだ。

 ダライラマは不死身である。その肉体は死んでも、魂はまた別の人間の姿となって復活する(らしい)。
 世紀のロックバンド「ダライラマ」はロックの魂が乗り移った4人組のバンドである。ダライラマは街頭でのゲリラライブしかやらない。
 会場である街を歩く人、任意で4人の肉体をロックの魂が選び出し、それぞれに乗り移るのだ。ボーカルのジョンの魂を受けた人間はどんな姿であろうとも、特設ステージの上ではジョンであり、ジョンとして振舞わなければならない。
 そして、それぞれの4つの魂はライブの終了と同時にどこかへまた飛んで、新しい肉体を捜し求めるのだ。
 先日の巣鴨での街頭ライブではドラムのボブの魂が乗り移ったのは来年で白寿というような老婆であったが、小刻みに何度も連続して叩かれるスネアのリズムが良かった、とファンの一人は語った。
 秋葉原でのライブでは、今話題の電車男風にみんななっていたが、ギター・コーラスのサイモンだけは普通のサラリーマンの格好をしていて浮いていた。だけど、曲が最高潮に達したときに、急にサイモンは前に飛び出すとアニソンを歌い始めたのだった。それを聞いたファンの女の子は「サイモンはたまにああいうお茶目なところを見せるのが可愛いの」と言った。
 この間の八王子でのライブでは、ボーカルのジョンはガテン系みたいな服装をした中年男性の姿であった。そのとき、彼が歌った歌はだみ声だったので、ファンの間では「あの日、ジョンは風邪を引いていたんだ」という意見と、「あれはジョンがアレンジしたオリジナルの低音パートを即興で歌ってくれたんだ」という意見で、論争が起こった。海外のファンの間では流血沙汰になったと聞いた。
 今、この場所にマイクがひとつある。さっき、ちょうど学校帰りの僕を呼び止めた「ダライラマ」のマネージャーと名乗る人物が渡してきたのだ。ジョンの魂が僕を選んだのだ、と思うと最初はすこしうれしかった。
 右を見る。今日のサイモンは共産党のデモ行進に参加している最中だったと言わんばかりの「○○反対」というゼッケンやハチマキをしめたおじさんの姿だった。
 左を見ると、ベース・コーラスのマイケルが目に入った。マイケルは菊明社と書かれた特攻服みたいなものを着た、コールドパーマのおっさんであった。さっきから客に対してガンを飛ばすというデモンストレーションを行っていた。
 僕は何を歌おうか。と悩んだ。マイケルは「君が代」が歌いたいと痺れを切らすように言う。それを見て、サイモンが舌打ちをしたので一触即発の状態になって僕は息を飲んだ。後ろを振り返って、僕は目を疑った。僕がずっと片思いをしてる梅沢さんが恥ずかしそうにドラムセットに囲まれていた。いや、梅沢さんじゃない、彼女は今はボブだ。
 僕はサイモンとマイケルを黙るように言った。すこし怖かった。だけど、それよりも僕はボーカルでリーダーのジョンなのだ。ロックの魂を聴衆
 そして、梅沢さんが好きといっていた曲を思い浮かべながら、観客に向かって絶叫を上げた。
 観客の熱狂が僕らを包んだ。