白い雌ライオン/ヘニング・マンケル/柳沢由実子

 シリーズ物って尻すぼみの作品が多い印象だけど、これは巻を重ねるごとに面白くなっていく。

白い雌ライオン (創元推理文庫)

白い雌ライオン (創元推理文庫)

 スウェーデンの片田舎スコーネ地方で不動産屋を営む女性が失踪した。幸せそうに見えた彼女の突然の失踪に事件の臭いを感じたクルト・ヴァランダーは彼女が最後に向かったと思われる売家の調査を行う。
 しかし、調査を開始した翌日、売家の傍の農家が爆発炎上。焼け跡からは黒人の指が発見された。
 一方、スウェーデンから遠く離れた南アフリカでは、ネルソン・マンデラの釈放で勢いを持ってきたANCら黒人の活動を叩き潰し、ボーア人による支配を続けようとするヤン・クラインらが暗躍していた。

 スウェーデンの田舎で起こった失踪事件から、南アフリカの国を揺るがすような大事件へと発展してゆく。でも、前作のようにスウェーデンから出ることは無い。スウェーデン南アフリカという南北の離れた二つの場所で同時進行してゆく事件。今回は複数の登場人物たちの視点が交錯する。登場人物の多さと視点の変化が多すぎて、時系列がつかみにくかったり、読みにくいところがあったりするが、それでいても次第に加速してゆく物語の爽快感はそんなことを気にする暇も無い。群像劇とも言え、どの登場人物も魅力的。
 そして、前作の「リガ犬」のレビューではシュワルツネッガーやセガールの話もしたけど、ラトヴィア警察の機関銃掃射を潜り抜けながらも、丸腰だったヴァランダーだったが、今作ではついに銃撃戦へ!猟銃と拳銃を構え、元KGBスパイを追っかけていくヴァランダー。あまりのかっこよさにイースタ署の仲間マーティンソンをして「ヴァランダーは気が狂った」と言わしめちゃう勢い。
 マンケル自身もスパイ小説の影響を受けたといっているとおり、ミステリというよりもサスペンスや群像劇としてはかなりの白眉。あまりの分厚さに最初は辟易するかもしれないが、そんなのも苦にならない一冊。

 多くの登場人物の中でもズールー族の暗殺者ヴィクトール・マバシャがかなりカッコイイ。ズールー族の伝統を守り、暗殺者でありながら先祖の霊を大切にする彼の雰囲気はかなりカッコイイ。その不思議な彼の話に疲れたヴァランダーとの「あんたの言うことが正しく理解できたかどうかわからない」という言葉に対して
「すべてを理解することはできない。物語は終わりのない旅だ」というマバシャ。カッコイイ!
 あとは冷酷な元KGBのスパイ、コノヴァレンコ。冷酷なんだけど突っ込みどころが満載で毎回噴出してしまう。
 ズールー族の暗殺者マバシャを訓練するシーンで「KGB」ってロゴの入った真っ赤なジャージを着ていたり、コノヴァレンコを追いかけてカルマル県ウーランド島に訪れたヴァランダーと丸腰で立ちションしてる姿で遭遇しちゃったりするところ、冷酷なのかバカなのか。いや、たぶんバカなんだろう。悪役ながら憎めない男である。